大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)824号 判決 1968年9月24日
理由
原審における控訴会社代表者の尋問の結果(一部)により、振出日欄を除き控訴会社代表者において作成したことが認められる(当審における控訴会社代表者の尋問の結果のうち、右と牴触する部分は採用しない)甲第一号証の表面(なお甲第一号証の表面のうち振出人欄の記名およびその名下の印影が控訴会社の記名印および印章によつて顕出されたものであることは、控訴会社において認めて争わない)および原審における控訴会社代表者の尋問の結果(一部)を綜合すると、控訴会社は、昭和四〇年五月三日頃、金額五〇〇、〇〇〇円、満期同年五月二六日、支払地振出地とも長浜市、支払場所近畿相互銀行長浜支店なる本件約束手形一通を、振出日欄および受取人欄を白地として北泉工業村松三千敏に対して振出したことを認めることができる。そうして右甲第一号証を検するに、現に右手形の振出日欄は昭和四〇年三月二〇日と、受取人欄は高木利彰と補充されていること、また第一裏書欄において高木利彰から森脇行光に、第二裏書欄において森脇行光から被控訴人に、第三裏書欄において被控訴人から児玉幸敏に、いずれも譲渡裏書がなされ、第四裏書欄において児玉幸敏から株式会社十六銀行に、第五裏書欄において株式会社十六銀行から株式会社滋賀銀行に、いずれも取立委任裏書がなされていることおよび第三、第四裏書が抹消されていることを認めることができる。そうして《証拠》を総合すると、被控訴人は森脇行光から本件手形の裏書譲渡を受けて(当時白地部分は既に現在のとおりに補充されていた)裏書連続あるその所持人となつたが、息子である児玉幸敏名義の預金口座を利用して取立を依頼する便宜上、幸敏に譲渡裏書をしたうえ、幸敏において株式会社十六銀行に取立委任裏書をなし、株式会社十六銀行において更に株式会社滋賀銀行に取立委任裏書をなし、滋賀銀行において本件手形を満期に支払場所で呈示して支払を求めたが拒絶され、被控訴人において同行からこれが返還を受けて再びその所持人となり、第三、第四裏書を抹消したことを認めることができる。してみると最初被控訴人が本件手形を取得した当時、被控訴人は本件手形の裏書連続ある所持人になつたわけであるから、手形法七七条、一六条一項により、その時点においては手形上の権利者と推定せられた筋合であり、爾後再び被控訴人が右手形を取得するまでの手形上の権利の移転の経過については前記説示のとおりであるから、被控訴人は、現に本件手形の権利者であると推定すべきである。
控訴会社の主張のうち、本件手形は工事実績証明資料として村松三千敏に一時貸与したとの主張は、もしそれが振出行為を否認する趣旨に止まるなら、前記説示のとおり振出行為は存在するとの判断をもつてこれに答えることで十分であり、もしそれが控訴会社と村松三千敏との通謀虚偽表示を主張する趣旨であるとすれば、右主張は、《証拠》をもつてしては、これに添う十分な心証を得ることができず、他にこれを立証するに足る証拠は存しない。(原審における控訴会社代表者の尋問の結果によれば、控訴会社代表者は、しばしば約束手形を振出した経験がありその効用を熟知していることが窺われるのにもかかわらず、工事実績証明資料として北泉工業村松三千敏に対し本件手形を作成交付したということは、いかにも不自然であり、また前掲甲第一号証によれば、本件手形の左下隅に「北千」というメモ書き((それは北泉工業村松三千敏を意味するものと考えることができる))があつて、そのインクの色からすると受取人高木利彰の記名をなした者と同一人によつてなされたメモ書きであること、したがつて高木利彰自身または同人から手形取得の経緯を聞知した者によつてなされたメモ書であることが推認せられるところ、仮に証人村松三千敏が証言するように高木が村松から本件手形を窃取したとすると、右のようなメモ書きが手形上に留められることは、これまた不自然であるといわねばならない。)
控訴会社の主張のうち「被控訴人の本件手形の善意取得を争う」との部分は、高木利彰の手形窃取行為があり、しかもこれにつき被控訴人およびその前者である森脇行光が、手形取得の当時いずれも悪意であつたかまたは善意ではあつたが善意たることにつき重過失があつたと主張する趣旨と考えられるが、窃取につき十分な立証がないことは前記説示のとおりであるから、右抗弁は採用できない。してみると被控訴人は本件手形の権利者と断ずべきである。
控訴会社と高木利彰との間に直接手形の授受がなされなかつたことは、右判断の妨げとはならない。また仮に前記主張が控訴会社と村松三千敏との手形振出にかかる通謀虚偽表示につき被控訴人が悪意であると主張する趣旨なら、通謀虚偽表示の点につき十分な立証がなく、したがつて右悪意の抗弁を容れるに由ないこと、これまた前記説示により自ら明らかである。控訴会社の別紙準備書面記載の主張は、その前提において一部事実と相違しており(前記説示のとおり第三裏書は全部抹消されている)、またその趣旨は必ずしも明らかではないが、要するに約束手形上に残存する譲渡裏書の最後の被裏書人でなければ、振出人に対して手形金を請求することができないという見解に基くものと解せられるところ、当裁判所はかような見解に左袒できないので(最高裁判所第三小法廷昭和三一年二月七日言渡判決、同第二小法廷昭和三三年一〇月二四日言渡判決参照)、右主張は採用できない。
してみると控訴会社は被控訴人に対し手形金五〇〇、〇〇〇円および満期(呈示)の日の翌日である昭和四〇年五月二七日から支払の済むまで手形法所定年六分の割合による利息を支払うべき義務あるものというべく、これを求める被控訴人の請求を容れた原判決は相当であるから本件控訴を棄却